7年次の話をしていたら、日本形成外科学会認定医試験の提出症例の説明に繫がりました。それまでの6年間と提出までの7年次前半までの症例が使用可能ですが、主に5、6年次と7年次に高度症例が集積します。当時の日本形成外科学会の認定医症例のカテゴリーは11区分で、そのうち最低8区分を入れる10症例が条件でした。
そこで、学会HPからカテゴリーを引用し、私の提出した10症例の説明をします。前々回提出症例の記録を見つけてブログに載せようと思ったのですが、紛失したので記憶の範囲で載せます。
症例1、カテゴリー(C)1、新鮮熱傷(全身管理を要する非手術例を含む);5年次の北里大学救命救急センターで受け持った、9歳児の下半身50%の2度深達性熱症。ご存知の様に小児の熱傷は後遺症も高率で、免疫が発達していないため生命維持にも最大の注意を要します。本邦で北里大学形成外科は当時最先端です。そこで培養皮膚を使ってどんどん皮膚を修復しました。後遺症(ケロイド状)も僅かで元気に退院した症例です。試験当日も説明どころか試験官に誉められました。
症例2、C2、顔面骨骨折および顔面軟部組織損傷;6年次の横浜南共済病院形成外科での症例で、Le Fort Ⅰ型上顎骨折の接合。6年生に取っては高度で、うまく咬合を合わせて、顔面変形なく治せました。顔面骨骨折の中でも上顎は深い構造で、咬合機能までも再建しなければならないので高度な部位です。もちろん、美容外科的な顔面輪郭改造をもくてきとした骨切り術の為には顔面骨の解剖機能の知識は必須です。
症例3、C3、唇裂・口蓋裂;6年次の症例で、約500人に一人は産まれるポピュラーでシンプルな片側不完全口唇裂。当時には新生児に形成外科での修復手術を受ければ跡は見えないし、変形もなく治せた。口の筋肉の構造や鼻や歯槽の修復を念入りに行うので、美容外科診療にも役立ちます。ちなみに10年後に長期結果を診たのですが、跡が見えませんでした。いまだに地方産まれで形成外科を受けられなかった患者さんは今でも跡が見えます。
症例4、C4、手,足の先天異常,外傷;手指の外傷のうち、機能的には把持や掌握と伸展の障害はなんとか治したいのですが、難しい。母指以外の1本の切断は機能的には損失が無いが、特に美容的には大損失です。5年次に救急センターで30歳代の女性の切断指を再接着した症例を使いました。
症例5?、C4、手,足の先天異常, 外傷;もう1例提出したと思います。手指、足趾の多指趾や合指趾は約2000人に一人は産まれます。日本人は裸足になる事が多いので、足趾も美容的に気になります。7年次に経験した第4、5趾合趾症の形成術症例を提示しました。趾間の皮膚を補う為の工夫がいろいろ成されていますが、私は足そこからの皮膚を薄く植皮して、綺麗に治せました。
症例6?、C5、その他の先天異常;7年次の先天性眼瞼狭小症や臍ヘルニア(でべそ)の修復症例を提示した覚えがありますが、候補に過ぎなかったかも知れません。
症例7、C6、母斑,血管腫,良性腫瘍;耳下腺良性腫瘍のうち多形性腺腫は放置すると8%が悪性化するので摘出を要します。6年次の症例です。耳下線多形性腺腫摘出は、耳前から下顎を切開し、耳下腺の浅層ごと摘出します。顔面神経の表層上に取りますから、神経を傷めない様に取らなければならず、解剖知識が完璧でなければなりません。フェイスリフトという美容外科手術はこれなくては触るべきではないと思います。形成外科医が非形成外科医とレベルが違う所以です。茅ヶ崎徳洲会形成外科でも年に3例は手術しましたが、症例提示には間に合わなかったです。
症例8、9、C7、悪性腫瘍およびそれに関連する再建;8年次に耳下腺悪性腫瘍の全摘と顔面神経の移植の再建術をしましたが、認定医試験には使えませんでした。外鼻のBCCの症例を2例使いました。茅ヶ崎徳洲会病院形成外科での症例です。それぞれが違います。1例は、鼻尖の右側にあり、鼻翼にはかかっていない直径約9㎜の潰瘍を伴う基底細胞上皮癌:BCCで、MRIで調べたところ皮下に留まり、軟骨に浸潤していないが側方の辺縁が不明瞭でした。そこで、表面の辺縁から3mm話して切除して、迅速病理で断端を調べて、遺残がなかったので、再建しました。軟骨と鼻年舞うを残せたので、皮膚と皮下脂肪だけを要します。前額部からの動脈皮弁を180度移動して被覆してから、血行が再開する3週間後に切り離すDelay法です。その3週間は目の前を皮弁がぶら下がっているので入院していますが、切り離してみればちょうどいい量の組織で元通りの形態が作れました。試験官にも認められました。もう1例は、同じ場所でも深く、軟骨にも、鼻の粘膜にも達していて、直径2㎝の穴が空く症例でした。この場合、皮膚、皮下組織はもちろん、鼻の粘膜のも被覆しなければなりません。軟骨の欠損は一部ですから変形は来たしません。(今でも美容的鼻形成術の際に経験しています。)再建は、皮弁の裏側にもう1枚の皮膚を張り付ける方法がよく行われていました。ところが、論文発表でいい方法を見つけました。鼻唇溝の外側からの長い動脈皮弁をJの字に折り畳む方法です。頬の欠損は縫い寄せられないので、耳の前からスライドして皮膚をずらして被覆する頬皮弁を使えば閉じられるという手術です。これもいい結果を得られました。変形は見られません。この二つの症例は、形態変形を回避することと、腫瘍を確実に切除することが求められます。BCCはちゃんと切除すれば再発が少なく、遠隔転移が皆無に等しいのですが、顔面が主戦場ですから、再建のウェイトが大きいのです。その意味では形成外科医の独壇場です。小さくても深い欠損なので、皮弁形成を要することが多く、そうなると解剖学的な知識が重要です。さらに言えば、それを知らずに顔面の美容外科治療をするべきではないと思います。
C8、瘢痕,瘢痕拘縮,ケロイド;確か手術症例が少なくて提示しなかった。
症例10、C9、褥瘡,難治性潰瘍;臀部の褥瘡を筋皮弁で再建した症例を提出した記憶があります。よくやる手術でしたので、いろいろな症例が頭の中でごっちゃにな低るので、詳しくは覚えていません。褥瘡とは床づれの事ですが、当時はまだ、患者も医療サイドも認知が低く、手術での再建に到るまでには苦労した覚えがあります。筋皮弁というのは皮膚、皮下脂肪、筋体をまとめて移動する術式で、クッションになるという触れ込みです。当時の病院ではどんどん手術しました。数年後には、筋体はなくても血管茎さえつなげていればいいという穿通枝皮弁の術式が発明され、筋皮弁はマイナーになりました。
症例?、C10、美容外科;当時は、整容外科とかいっていました。何じゃそれ?、美容整形をばかにしていたくせに、形成外科は美容外科をしないとか宣言したから、美容外科を症例に出来ない。だから訳の判らないカテゴリー名を使っている。そんなのに症例提示してやるもんか!。という気持ちで症例提示しなかったのを覚えています。
症例11、C11、その他;これもなんだか判らないカテゴリーですが、ここで美容的、機能的な、老人性皮膚性眼瞼下垂症の手術症例を使いました。あくまでも美容をメインの目的としていない症例ですから、その他のカテゴリーにしました。60歳の症例の患者さんが目が開きやすくなり、機能的に満足され、形態的には異常感がなくできました。今の私達の手術と比べても遜色ない結果だといえます。
このように、カテゴリー分けして症例を集めて、画像を集めて、各症例を1〜3ページに記載して提出しました。合格後に、提出した書類を一切返してもらったのですが、えらそうに言っておきながら、手許を探したのですが見つかりません。
そりゃあ20年以上前の書類ですから仕様がないのですが、残念。それに症例患者さんにも協力頂いたのに申し訳ありません。よって、症例は記憶でここに説明しました。大部分は正確に覚えています。それもそうだ、それだけ苦労したし、それだけ面白かったですもの。
何を言いたかったのか?。またですが、形成外科医として一人前に診療出来るレベルにある為には、高度な医学知識と、技術の習得を要します。創を綺麗に縫うのはもちろん、形態と機能を可能な限り損ねない様に修復する、手術する事が出来るのは形成外科医に限る医術です。そして、その知識と技術は美容外科診療には絶対必要なものです。いいですか?、ここに記載した程度の最低限の解剖学や生理的な知識を持たずに顔や体表の美容的な手術をされる事を考えてみて下さい。どんな結果になるかは想像がつくかと思います。今回私が日本形成外科学会認定専門医の症例を説明してみたのは、そのことをみなさんに啓蒙したかったのです。7年次の形成外科医でもここまではできるし、逆に言えば7年間形成外科を研鑽しなければ、この程度の医学知識と医療経験も得られません。何度も言いますが医師の卒前教育では、形成外科の教育はほとんど成されません。ましてや美容外科の教育は皆無に等しいのです。だから美容外科医になるためには大学病院等の形成外科医局でまず教育を受けるべきでしょう。何の知識もなくして、卒直後から美容外科院に就職したり、他科から転科したりすれば、医学的に無知識で診療をすることになります。恐ろしいことです。
巷間には、形成外科の基本的な医学的知識を持たない美容外科医が跋扈しています。最低でも、日本形成外科学会認定医で、日本美容外科学会JSAPSの専門医でなければならないと思います。 話が歴史から離れてしまいましたが、さらに続きます。
次回は、筆記試験の概要と口頭試問の内容を記憶を辿りながら、記してみたいと思います。 この頃の美容外科の歴史に話が到るのはいつでしょうか?。