さて、研究に頭を使うのは論文検索と仮説までで、シナリオにのって手を動かしていくのに時間を取られる訳です。それだけでなく、その後は論文を書くのには頭と手を使います。しかも英語で投稿するのですから、口も使います。英語は読んでみなければ理解できないからです。
今回の研究は、解剖学教室とのコラボレーションです。場所と器材と試薬は形態系という部屋を間借りします。あくまでも大学研究棟の中の一部屋ですが、解剖学教室の技術者の手を借りなければなりませんから、解剖学教授に依頼しなければなりません。献体も解剖学の卒前教育のための一部をもらうのですから解剖学主宰者である教授の許可が必要です。そうでなければ死体損壊罪です。
具体的に手順を説明します。つまり論文における方法の項目です。その前にもう一度、研究の段階を英文の論文構成に従って説明します。1、研究はまず仮説を立てます。論文の著文。英文ではInclusion です。テーマは東洋人に於ける二重瞼と一重瞼の解剖学的構造の違いは何かで、眼瞼挙筋から皮膚眼輪筋などへの前葉に連続が見られるかどうか画家んよすると仮説を立てました。2、その証明の為に材料を用意し、方法を検討します。論文でも材料と方法、英語ではMaterial and methodsです。ここからが今回の内容です。3、手を動かして結果を得て、画像も沢山貯めたら、これを記載します。論文では結果、英語でResult です。4、これについて正しさを論議展開します。これまでの説を否定する結果なら、なぜそうなのか?、これまでに仮説に過ぎなかった論を何故証明出来たのか?。紙上で議論をし、仮説を証明出来たら、自説を強化します。論文では考察、英語ではDisccusion です。材料と方法がオリジナル性だと、反論が無いので証明は容易です。5、これらの論議を一言でまとめます。論文では結語、英語でConclusion です。通常論旨の説明はこれで足ります。他に要約=まとめ、英語でAbstract は論文の題のすぐ後に載せて、一目で内容を把握出来る様にします。もう一つキーワード:Keyword は大事です。今やインターネットでキーワードを打ち込むとPubmed =世界インターネット図書館で有名な論文はすぐ探せます。もちろん私の論文もすぐ探せます。
今回は材料と方法です。
材料とは、解剖学卒後教育の為に検体を頂いたご遺体の一部ですが、私達には7体の顔面の眼窩縁内だけが割り当てられました。他の部位は他の科に割り当てるそうです。私の主研究には上眼瞼の中央付近の幅2㎝を頂き、私の副論文=山本先生の主研究には内眼角部の幅2㎝を頂きました。こちらは後に感嘆に説明します。
方法は、まずこのうちの幅1㎝を光学的顕微鏡;microscopeで薄切標本を作ります。所謂普通に理科の実験で使った様なプレパラート作りを自分の手で行います。まず、これを固定します。固定とは読んで字の如く、標本を固める作業です。ホルマリンに浸されたご遺体ですから、既に硬いのですが、切り易くする為にさらに固めるのです。何日もホルマリンに漬けるだけです。これを切る為に、熱して液化したパラフィンに漬けながら、揺する機械に数時間置きます。標本を作るの誰もが使うので、順番待ちが長かったのを思い出します。この辺が、教室が無い弊害ですね。パラフィンで固めた標本をいよいよ薄切します。縦方向に8μmの厚さにスライスします。この機械はすごいです。台に留めた標本を鋭い刃で切りますが、この刃ったら、私達が普段使うメスなんかと違い触るだけで切れる程の切れ味です。指が切れると困るので、もちろん刃には触りません。刃が持ち手ごと8μmずつスライドしていくのでどんどんスライスしていきます。ただスライスした標本を一枚ずつ楊枝で拾い、これをスライドグラスに載せる作業が結構難しく、何枚もクシャクシャになりました。標本はご遺体ですから、無駄にする度に申し訳なかったです。スライドグラスに載せられたら、これを染色します。何故染色するのかというと、薄い標本は色が無く、また組織の性質ごとに色分け出来る染色液があるからです。私達はファンギーソン法を利用しました。これは、コラーゲンを濃い赤に、細胞(筋や脂肪)を青く染めることが出来ます。それぞれの蛋白と糖質と脂質の割合や、pHで染め分けられるのです。数種類の薬に順に何時間かごとに漬け分けると色分けされますが、枚数が多いので何日も掛かります。単純計算しても、1㎝厚の標本7体を仮に10μm厚に薄切りすると7000枚出来ます。先に述べた様に無駄になるのが半分でも3000枚は下らないのです。これをすべて顕微鏡で観察するのは容易いのですが、画像に残すのは綺麗に出来た約100枚だけにしました。
本題は走査型電子顕微鏡;Scanning Electromicroscope での観察です。一度手を止めて次回に詳述します。
しかし、何故こんなに長々と書き連ねているのかと思われるでしょう。このブログの話題は美容医療の歴史ですが、美容外科と形成外科を合わせて美容医療とするのに、美容外科の為の基礎研究はこれまで本邦で皆無に等しかったので、私達は第一号に等しい快挙だと自負しているからです。そしてだから、私は美容医療に生涯を捧げるためにこの内容を皆さんに教えたいのです。同時に私にとっては、16年前の人生の一大ページェントを思い出しながら、書きながら、楽しんでいます。上の標題に追加した様に美容外科を医学という学問にするべきだと思い詰めて来たからです。美容整形屋から美容外科医に転身した父が、私を形成外科医としたのですが、美容外科医として脱皮する為に私は研究院に就きました。こうして生涯一美容外科医となる決意を強くした一年でした。