私が医師16年目、時は平成14年、2002年にA美容外科を開設していた前後の事ですが、地方中都市チェーン展開の話題に移りました。三院あるうちの一つ、松本院の話を始めたら信州大学形成外科を訪問した際の話題に移りました。
眼瞼下垂の゛研究者゛としての第一人者である松尾教授との面談について書き始めたら、松尾教授の眼瞼下垂症診療における医学的貢献全体の話に到りました。これは私たち形成外科出身の美容外科医にとってはエポックだったからです。今回その2回目の続きから。
前回術式と概念について記しました。それはそれで斬新だったのですが、ここからがさらに面白くなります。その後松尾教授は、後天性腱膜性眼瞼下垂症に伴う合併症とそのメカニズムについて次々に発表しました。
何が面白いかと言いますと、一般受けするテーマだからです。先天性眼瞼下垂症はある一定の率でしか生じませんから、形成外科医がいかにアクセスするかの問題点はあるにしても、狭い分野ですから、得意とする専門家は少ないのです。
対して後天性腱膜性眼瞼下垂症は、加齢と共に皆が起こす病態で、高齢化社会のニーズにもマッチしています。またコンタクトレンズ装用者に必発だと、学術的なエビデンスを提示していきました。考えてみれば、眼科医はコンタクトレンズの診療で喰っている者が多いので、コンタクトレンズの合併症としての眼瞼下垂症を提唱したら商売上がったりですから、はっきり言って無視してきたのです。但し松尾教授はコンタクトレンズによる後天性腱膜性眼瞼下垂症については、その原因の一つとして挙げるだけです。腱膜の慢性的摩擦が原因だと毎回触れます。眼瞼の前面からは、アトピーなどで擦ることや、泣いて涙を拭う際に急性的になった例も紹介されました。ハードコンタクトレンズは厚みがあるため、腱膜が裏から(眼瞼結膜側から)擦られるためにソフトコンタクトより発生率が高いと統計的にも提示されました。ソフトコンタクトレンズでも出し入れの際に瞼を引っ張ると物理的損傷の原因になるとしています。ハードコンタクトレンズの出し入れの際にも、瞼を広げると良くないので、スポイトを使うと避けられると提唱しています。原因については毎回このくらいにしています。こうして考えられる原因を列挙すると、思い当たる患者さんが多く掘り起こされるということで、マスコミの記事にも簡潔ながら必ず述べられます。
考えられる原因を検索して列挙するだけでも国民に対しては画期的な啓蒙になるのに、合併症とそのメカニズムの研究を継続的に発表していくから、毎回我々は面白くて仕方ないし、マスコミで取り上げられるから患者さんも理解して来院する様になります。21世紀に入ってからそのような患者さんが増え始めました。
ではそのメカニズムを詳しく解説します。目を開くのは、起きて(覚醒して)行動していたい時です。何をするにも視機能を使うためには開瞼が求められます。これは自動的に行われる運動で、不随意運動ですが、自律神経系の一方である交感神経が司っています。自律神経は二つの系からなり、一方の交感神経は闘う際に、もう一方の副交感神経は休息の際に働きます。闘うと言っても、戦闘行為だけではなく、糧を得るための行為です。どんな仕事でも頭脳労働でもそうで、いわゆる緊張感を持ってすることです。その際通常は視機能が大きなウェイトを占めます。そのため開瞼を求められるシーンである覚醒時には、交感神経が昂っています。いわゆる神経が昂るとはオーバーな反応です。ちなみに副交感神経は休息時ですが、食べる時と寝ることがこれに当たります。もちろん休む際もです。リラックスしてテレビを見ていると眠くなりますが、眼を見開いて見入っていると眠くなりませんよね。結局一方だけが働いている時間は少なく、バランスが連続的に時間的にへ上下して生きていけるように出来ています。例えば副交感神経が働かないと眠れませんが、夢を見ているときは脳に対しては交感神経が働いています。
後天性腱膜性眼瞼下垂症と、は腱膜が瞼板から剥がれたり、腱膜そのものが伸びたりしています。目を開いていようとして交感神経が働くと、眼瞼挙筋が収縮していて上眼瞼を引き上げる筈が、その力が瞼板に伝わらないから瞼縁の挙がりが足りない。つまり眼の開きが少ないのです。本来上眼瞼は第一眼位で角膜の上が2mm隠れるのが正常です。それ以上隠れていると異常です。顔は鏡で見るとき以外は自分では見えませんから、眼の開く程度は視界を感じてさらに眼瞼の挙がり具合を眼瞼の中に存在するセンサーが感じて調整しています。そうですそこです。ここが松尾教授の提唱する重要な新説の第一点です。
上眼瞼挙筋は、筋体は後方にしかなく、瞼縁から10~15mmの高さで腱膜になります。その裏にはミューラー筋がありますが、ミューラー筋は従来は平滑筋成分で、上に挙げた覚醒反応時の開瞼調節のために自律神経にコントロールされるだけの筋とされてきました。
ところが松尾教授はミューラー筋の働きとして、これに加え筋紡錘作用が存在すると提唱しました。筋紡錘とは筋線維の中にあり、引き伸ばされるとそれを感じて求心性信号を発する器官で、膝蓋腱反射を代表とした腱反射を調べる筋に存在しています。膝を叩くと筋紡錘が引き伸ばされて、反射信号が瞬間的に流れて、大腿四頭筋が収縮して膝がピンと伸びますよね。同じように眼瞼の中のミューラー筋内に筋紡錘があり反射運動を司っているという新説です。
覚醒時上眼瞼を挙げようと眼瞼挙筋が収縮すると、腱膜に力が伝わり瞼縁が挙がりますが、腱膜と瞼板、皮膚の間にはわずかに遊びがあるので、ミューラー筋が引き伸ばされます。その結果ミューラー筋が反射的に収縮して開瞼の程度を調節します。正常ではこれで丁度良く開くのですが、腱膜の挙上力が瞼板に伝わらない腱膜性眼瞼下垂症になると、開瞼時にミューラー筋が引き伸ばされっぱなしになります。この結果ミューラー筋内の筋紡錘からの求心性信号が出っぱなしになります。求心性信号は交感神経を亢進させて遠心性信号を出します。つまり後天性腱膜性眼瞼下垂症になると、交感神経が亢進してくるというのです。
ここからが第二点の重要な新説です。神経機能的解剖の勉強に移ります。ミューラー筋内の筋紡錘からの求心性信号のばらまき状態がいろいろな合併症を生じるのを研究し、毎年発表しました。
この眼瞼下垂症の話題になると、私も手が止まらないので、相変わらず長文になってしましました。一度手を止めて続けます。