2021 . 12 . 8

剣状強皮症が影響しているかは解りませんが、鼻孔縁に左右差が存在したので、初めて片側に複合組織移植を行いました。

鼻孔縁下制術は、静的な形態の改善が求められる手術です。動的には、皆さんもやってみれば解るように、鼻の孔はおっ広げられる部分です。外鼻には鼻筋群が皮下に存在しますが、厚みがない部分なので弱い筋ですから、鼻の孔の前縁は2㎜も動きません。だから逆に、鼻の孔の前縁が鼻孔底より2㎜以上上方にあると、いつも鼻の孔をおっ広げて見えるので品性に欠けます。

そこで本症例ですが、何故か鼻孔縁の形に左右差がある珍しいケースです。両側鼻孔縁が上に食い込んでいるだけでも野暮ったいのに、片側だけ三角形に食い込んでいると非対称性が目立つ訳で、患者さんも日常的に、写真や鏡で左右差を認めるのが嫌だと訴えるのは当然です。剣状強皮症が原因かは判りませんが、引っ張られているのかも知れません。

鼻孔縁下制術は、複合組織移植術です。鼻孔縁の前を切るのではありません。鼻孔縁の内側には、鼻の孔に指を突っ込んで触ると解る様に、鼻孔縁の内側にはリング状の膨らみがあります。その後ろ側を切開して、リングを下に引き下げて、紡錘系に隙間になったところを複合組織移植で埋めます。耳介から皮膚と軟骨を一体に採取して、鼻孔縁の隙間に移植します。軟骨でリングを押し下げて、皮膚で覆うのです。軟骨だけだと乾燥して壊死してしまうからです。皮膚だけだと収縮してしまうから、軟骨と皮膚の複合組織ですからこう称します。

複合組織移植術は形成外科医の十八番です。身体の体表面組織の欠損を補う方法には数多くの方法がありますが、皮膚だけどこかから持ってくるのが植皮です。再開通する血行と、移植組織の栄養の必要量のバランスの問題が生着率に繋がるわけですが、皮膚だけを薄く移植するなら、生着率は高いのです。対して分厚く皮膚脂肪全層や筋や骨を補うためには、当初から血行を遮断しないで移植しなければならず、デザインが限られます。ざっくりと皮弁形成術と称し、これも形成外科医の十八番です。それより少ない、皮膚と少量の皮下組織は、生着する部位と組織が幾つかあります。典型的なのは、指の先端を切ってしまう外傷でも、厚さ5㎜までなら持ってくれば戻せます。皮膚と脂肪の複合組織移植術です。他にもありますが、鼻孔縁下制術への適用はV.クリニックのF.先生に教えてもらいました。彼は昔から仲の良い同年輩の形成外科医です。

なお外鼻と耳介の解剖は形成外科の専門領域です。耳鼻科の担当ではありません。臓器ではなく体表の形態的改善を目的とする分野は形成外科医が担います。外鼻は言わずもがなです。耳介は個体差が少なく、かといって複雑な形態です。耳介の先天性形態異常や外傷は稀ですが、治さないと目立つ部位です。表面解剖を知らなければ形態的修復は出来ませんし、今回の様な移植時の採取部位を設定できません。なお、形成外科と美容外科の異同は時折説明してきました。

症例は43歳女性。前回剣状強皮症に対してPRP注入した際もブログを掲載しました。経過中いきなり、「鼻孔の左右差があったのです。」「写真を撮ると右の顔と左の顔が違うのです。よく視たら鼻孔の差でした。」私はそう言われて見つめてみて、おもむろに測って診ようと思ったのですが、初めての事です。基準として目と口は水平ですから、上下に水平に持った物差しを移動してみて、右の鼻孔縁と同じ高さの左鼻孔縁にマーキングしてその差を測ると、2㎜の差がありました。

患者さんは「ブログに載っている方で見事に治っている症例がありますから、私も出来ますか?。」と尋ねて来るも、私「正直言って片側の鼻孔縁下制術はした事ないです。」と答えてしまいました。患者さんに「お願いしますよ。」と信頼されても、私は心の中で、”だって初経験の手術で上手くいくとは限らないじゃないですか?。”と逡巡しながら、「そもそも、左右差,Lateralityを対称的,Symmetricに治すのは難しいのです。オーバーコレクション,overcorrectionで逆に非対称,asymmetryになったら意味ないし、複合組織移植は術後に萎縮して後戻りするから予想が付かない訳で、両側なら同様に後戻りするのに対して片側は難しいのですよ。」と頭の中では英語も交えて煙に巻く策を労しました。でもやっぱり、長年診ている患者さんなので、やる気になってきました。患者さんに期待されているのを感じて、段々面白くなって来たのであります。

術直前にもう一度確認しました。2㎜の差ですが、形態的な非対称性,asymmetryは明らかに見えますから、後戻りや萎縮を見越して3㎜下げる事にします。形態的には半楕円形で幅6㎜を用意しまます。患者さんは髪型から左耳輪なら隠し易いと仰るし私も右利きなので左が取り易いと同意。

画像を術前と術直後の各方向で観ましょう。

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正面像では鼻孔縁前縁の明らかな高さの差が見えました。術後は高さは若干のオーバーコレクションになりましたが、何故か外側に引かれています。患者さんも視て「曲がっている。」と叫びました。こうして画像を視ると判りますが、鼻翼そのものが膨らんでいます。腫脹と局所麻酔剤の分量が影響していると考えられます。

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側面で比べてみましょう。左から術前の右鼻孔縁、左鼻孔縁の左右反転像。差が見えます。3、4枚目は術直後ですが差が減っています。

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斜位像ではどうでしょう。左から術前の右鼻孔縁、左鼻孔縁の左右反転像。差が明らかです。術直後の右鼻孔縁と左鼻孔縁の反転像は差が見えませんが、血液が付着しているのか、内出血があるのか赤くなっているので、喰い込んで見えます。結果はまだ見えません。

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下面像を視たら判明しました。術前からそもそも鼻孔の大きさが違います。そこに手術で腫脹が加わってより大きくなっています。鼻孔縁の形態が見た目に対称的に出来ていないのは、この為だったのです。従いまして、術後経過を視ていきましょう。どうなるか楽しみです。

数日後には視る予定です。画像をお楽しみに!

術後48時間で診ましたら、腫脹が引いてきていて、対称的に見えてきました。患者さんもお悦び!ですが、複合組織移植の萎縮は今後変わります。

術後1週間で抜糸の際に画像を頂きました。実は奥の2針ずつは鼻孔縁を飜転しないと取れません。でも術後1週間では組織が癒合していませんから止めて、癒着が成る術後3週間にしましょう。表からは見えない手術なので許してください。

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正面像を見てください。どうでしょう?。一目見てうまくいきましたね!。ただし下方からの煽り画像では鼻腔内に移植物が見えます。またまだ、腫脹があるのでしょう?、鼻孔の大きさが下から見ると違います。ただしご覧の通り、それが鼻翼の形態には反映していませんから、前からは非対称には見えません。その際も画像を戴けるかな?。

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4方向で見ても鼻孔の外側から前のカーブは、ほぼ対称的です。

何度も書きますが、この手術は複合組織移植手術です。皮膚の裏に軟骨を分解しないで移植しています。生着のメカニズムを説明しましょう。移植床には毛細血管の断端があり、移植物にも毛細血管の断端があります。固定したら、その断端の間に移植床から毛細血管が新生(伸びていくこと)して血行が再開します。概ね1週間を要します。

細胞(皮膚の表皮と軟骨には存在)組織には栄養が必要です。血行再開までは漏れ出ている血漿蛋白で栄養されますが、酸素は供給されません。概ね1週間は生き永らえて、血行が再開すれば、普通に存在できます。これが生着です。その証拠に上の下面像で、暗い中に見える複合組織は赤みを帯びています。生着しています。

表層の移植法(植皮や皮弁形成術)では、さらに軽く押してリターンテストをします。指で手の甲(手背)を軽く押して見て下さい。そしてパッと離した瞬間白い皮膚が約3秒で赤身を帯びます。リターンテストで血行が再開しているとほっとするのです。残念ながら鼻腔内の移植物にはリターンテストしても見にくいので止めました。

本題ですが、移植物は萎縮します。栄養が足りない1週間に一部の細胞は減ります。周りを取り囲んでいるコラーゲンも一部が溶け出します。毛細血管が再開すると血行の分膨らみます。ダメージを受けた血管は怒張するからです。術後3ヶ月まではコラーゲンが過剰になり、血管のゆっくり治ります。こうして萎縮というか、組織が正常化していく際に術後短期より減量していきます。ただし軟骨は結構元気な細胞で減量が少ないとされています。複合組織移植はその点で有用なのです。

今後の経過が楽しみです。

術後1か月で来院されました。

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念のため術前の画像を並べてみました。鼻孔の位置がほぼ対称的になりました。術前は形も尖っていましたが丸くなりました。患者さんは「先生お見事です。』とお悦び!。

IMG_4129もちろん、鼻孔内には移植物が見えます。患者さん本人は『見てない!。」そうですから、鏡を渡して見てもらいます。「エーぼこっとしているし、鼻の孔の形も違う。」っと叫ぶから、私「自分も他人も下から見ないでしょ?。それに形は元々違うのです。原因疾患が有るのだからです。」と説明しました。更に「前から見て対称的です。」

そう考えれば、両側鼻孔下制術は形態的左右差は起き得ないのに対して、片側では完全な対称性を造り上げるのは困難なのです。

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4方向で診ても、左右対称的です。ただしこの手術は特にまだ完成と宣言出来ません。複合組織移植物は萎縮があり得ます。通常コラーゲンが狗縮してから成熟するまで3か月必要です。軟骨は収縮しないから入れているのですが、皮膚は収縮します。逆に皮膚の突出は減ります。とにかく3か月は観ましょう。ですから他の治療は次回以降検討しましょう。

術後2ヶ月となりました。

IMG_5820術後6週間前後が最も拘縮します。軟骨は収縮しませんが、皮膚は収縮します。創縁は複合組織の周囲にあり、移植物と母床が癒合していく際にコレーゲン(膠質、つまりにかわは糊)でくっつくだけでなく、そのコラーゲンはあたかも糊が乾く時の様に縮まります。さらにコラーゲンが供給されて量が増えていきながら、軟らかい瘢痕組織になっていくのに最低3ヶ月かかると考えられます。

現在術後より左右が近づいているのですが、術直後や術後1ヶ月よりも右鼻孔縁は挙がっています。今後の経過を診ましょう。

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両側側面と斜位像では大きな左右差は見えません。

そこで重要な診断が得られました。強皮症の診療を受けて、MRI検査を受ける予定だったのですが、前医から説明を受けたそうです。「骨は凹んでいるけれど孔が開いていない様です。」私知った様なふりして「やはりねえ〜!。」と頷き、更に「骨もコラーゲンだからやられるのですね?!。」「穿孔したら底は脳ですから注射でも危ないですし、むしろPRPは骨を増やす作用がある筈です。」「もっとも、あくまでも自己免疫疾患ですから、どれだけ増えてくれるかは判りませんが・・。」立て板に水の如く知っている事を述べました。

だからって、鼻孔の件は、患者さんは「その医師が言うには『鼻孔まで病変が繫がっているから、関係していると考えられます。』と仰っていました。」言い訳になるかも知れませんが、私「やはり上に引かれるから鼻孔が挙がるのなら、限界はあるし炎症性狗縮も強く複合組織移植もやられないと良いのですが・・。」そこで画像を診直しながら、「術前と移植直後の差が半分減ったかな?。でも、効果は有ったですよね?。」と押し付けると、患者さんも「それはそうですよね!。やって良かったし、むしろ骨に孔が開いていないから安心して継続的治療をお願いします。」と有り難いお言葉を頂きました。私「私も初めての経験だし、調べても他にはしているところ無い様です。面白い症例ですからこれからも宜しく!。」と手前味噌な話し方で今後も診ていきたいと思いました。

術後3ヶ月で「完成!。」としたいところです。

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正面像を何枚か撮りました。実は一番対称的な画像を載せました。微妙な撮影角度で変わりますし、鼻筋が回復して動きますから、変化します。

今回は測りました。術前は3㎜の左右差がありました。現在1㎜以下です。しかも鼻の孔の形が三角から、丸くなったので自然で、非対称は気にならなくなったそうです。

下面像では複合組織移植物が見えます。この方向から見る人は居ませんから別に見えませんが、私は余計なことを尋ねました。「鼻ほじれないですよね?。」「ほじって欲しく無いです。」患者さん「ほじりません。あたりまえです。」と呆れられました。

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4方向で比較すれば左右差はまだ見えます。ただし左右から見て比べる人はまず居ません。それよりも、剣状強皮症を目立たなくする治療を再建したい希望があります。

何度も書きましたが、移植手術は後戻りするのではなく。萎縮して拘縮するのです。

当院では、厚生労働省より施行された省令「医療機関ホームページガイドライン」に遵守しホームページに加筆を行っています。

費用の説明も加えなければなりません。耳介(耳輪後部)からの複合組織移植に依る鼻孔縁下制術は30万円 +消費税。局所のブログ掲載の契約を受けてもらえたら、出演料として20%オフとなります。

手術のリスク・副作用について・麻酔薬にて、中毒を起こす場合があります。その場合は適切な処置を行います。・腫れは個人差がありますが、手術直後から少し腫れがあり、翌日がピークで徐々に引いていきます。目立つほどの大きな腫れは1~2週間程度です。・術後のむくみや細かな左右差の改善には、3ヶ月程度かかります。・内出血が起こった場合は完全にひくまでに2週間程度かかることがあります。・感染予防のため、抗生剤を内服していただきます。・手術当日は、洗顔をお控え下さい。・手術後3日間は、飲酒・激しい運動・サウナ・入浴など、血流が良くなることはお控え下さい。・ケロイド体質の方は傷跡が残りやすい場合があります。・効果には個人差があります。また、部位によってはそれほど改善が実感できないことがあります。