法令線は人相学の用語です。もちろん洋語にはありません。英語では、Naso Labial fold と称します。訳すと鼻唇溝です。美容医療は戦後日本に導入されましたが、正しい用語は導入されませんでした。当時は(美容)整形と標榜していて、昭和51年に形成外科、53年に美容外科が標榜科目となりました。逆に整形外科学会からはビヨーセーケーと整形外科を混同されるから美容整形は使わない様に申し入れられました。いまだにセーケーと呼ぶ頭の悪い国民が居る日本国は反知性主義国家で残念です。その後チェーン店の美容外科は、婦人雑誌にやや違法性のある広告を載せて、最近ではTVCMを乱発しました。ネット上では画像改ざんが横行しました。最近では法制化され収まってきました。こうして美容医療は更に広まりました。ところが、用語はちゃんと流しません。
美容形成外科医が大学病院等で医学の学術的な研修をする様になったのは、私が医師になった30年くらい前の事です。私は医師と成って直ぐから、当時数少ない美容外科・形成外科の医学書を買い揃え(新人の給与より高いんです)、また論文も読み漁りました。美容形成外科の専門用語も、こうして身に着けました。そのまま今に繫がっています。残念ながらチェーン店系でビジネスを目的として美容外科を診療?している医師達は、今や忙しくて残念ながら勉強出来ません。だから医学的にはどんどん差が開いていきます。専門用語も知りません。
ところで、鼻唇溝は上下顎の骨格(側方視でのE-ライン)、特に歯槽骨と歯牙が関与します。また加齢と共に深くなります。歯槽骨とは、歯の植わっている骨のU型の隆起です。上顎骨の鼻の下の水平線から下は、歯牙の生え方に影響されて傾きに変異が大きい部分です。上から下へ向って、前に傾いていると、所謂口が出ている事になります。結果的に鼻唇角が鋭角になり、折れ返りである鼻唇溝が深くなります。特に骨のカーブから、鼻翼の横の鼻唇溝の上方の三角形の窪みが深くなります。だから法令”線”でなく、ここを埋めれば口元がスッキリします。ですから今後は、この手術を【鼻唇溝上三角部の窪みを埋める手術】と呼びましょう。
さて本題に近づきました。自家組織は形成外科医の得意分野です。顔面に挿入または注入する増量物や、支持する組織として、生体に親和する物質と親和しない、つまり反応の少ない物質があります。親和とは生体内で化学的または物理的反応として、体内からの組織が侵入したり置き換わったりして、身体の一部になることです。
その前に、異物であるシリコンゴムは生体親和性がありませんから、組織内のポケットの中にあるだけです。しかも周囲には、コラーゲンが析出して膜と成って包み込み、被膜を作ります。あくまでも異物ですから、被膜内は体外だと認識する為です。つまり親和しません。また他の親和性のある異物は、反応のメカニズムが様々で、それこそ安全性が確立するための科学的根拠を得るために多額の費用を要しますから、種類は少ないです。現在は、人工血管や隆鼻術にゴアーテックス(生地または網)が使われているくらいです。注入剤のヒアルロン酸は、生体内にある化学物質ですから親和性の高い物質ですが、所詮糖の一種ですから、代謝されてゆっくりと溶けて吸収されます。
そこで、生体からの移植が親和性が高いのは当たり前ですが、態様は様々です。まず生体組織を、遠い物から説明します。
生体といっても、動物などの他種からの組織は免疫反応があるに決まっています。放射線で抗原性を消失すれば使えますが、費用対効果が低いので適応が限られます。心臓弁膜症に豚の心臓弁が使われたくらいです。隆鼻術に他種軟骨を使用している医師がありますが、なんか気持ち悪くないですか?。もっとも、人間は食物連鎖の頂点の一角に居ますからあらゆる生物を摂食して出来上がります。生物の身体は、基本的に他種の生物から成り立っている訳ですよね。食べるのと移植するのでは違いますが、その話は込み入っているのでまたの機会にしましょう。
次に同種他家移植は、やはり免疫反応があるのですが、血液や骨髄などは、調べて同じ型なら安全性が高いです。内臓でも同様で、移植バンクシステムが整備されつつあります。同種皮膚移植は免疫が働く数週間までは、感染防御のための一時的被覆に使えます。重症広範囲熱傷で自家皮膚を培養する間に繰り返すのです。1970年に厚木基地から飛び立った米軍ジェット機が、横浜の住宅に墜落しました。Ⅲ度80%熱傷を負った母親(二児は即死)に対して、有志が提供して2週間毎に同種皮膚移植を繰り返したのですが、培養が上手くいかず、提供者も1年半後には途絶えて、結局亡くなりました。患者さんの生命を救うために臓器を提供する行為は崇高ではありますが、倫理的には難しい面もあります。
本題です。自家組織は自分の組織です。通常足りない物を補うのに、内臓では難しいのですが、形態的な不足に対しては、他部位から持って来られる物が多々あります。ドナー, Donor からもらって来ても障害を起こさない部位です。鼻に耳介等の軟骨や腸骨(骨盤の一部、いわゆる腰骨)。真皮等や脂肪等々。例えば顔面外傷や病気に因る組織不足には、植皮や皮弁を始めとしていろいろな移植が行われます。自家組織は免疫が働かないから親和性が高いのは当然ですが、ですから結果的に、移植物はレシーピエント, Reciepient :移植床に癒着し癒合します。つまり動かなくなりますし、癒合すれば毛細血管が侵入して、移植物にも血行が生じますから、他種や同種と違って、移植物にも免疫が働き出します。つまり感染にも強くなります。皮下にある物は、ポケットの壁に癒着して一体化するので、出て来る事もありません。
あらゆる面で自家組織に勝る移植物は無いと言えますが、当人のDonorの犠牲だけ伴います。日常見えない部位に、見えなくなる創跡にして、機能的障害の起きない部位から貰えば、リスクとベネフィットのバランスからして容認してもらえます。
今回の長掌筋腱は上記の条件を満たします。説明します。皆さん手関節(手首)を真っ直ぐ伸ばしながら、指で[三]を作って下さい。この時手首の中央に縦に紐状に浮いている腱が長掌筋瞼です。この腱は一番浅く取りやすいだけでなく、無くなっても機能障害を生じません。あえて言えば[三]の際に時間差が生じます。ものを持つ際やスポーツの際にも機能低下はありません。私はこれまでに重症陥没乳頭の引き上げに追加して支えに使った事はありました。他にも紐状の移植物として有用性があります。
あーだこうだ書いたのは、今回の手術の有用性とその意味を思考してみたからです。これまで鼻唇溝にはシリコンプロテーシスを挿入してきました。今回患者さんと何年にも渉ってじっくり相談して、自家組織移植を施行しました。ありがとうございます。はっきり言って面倒でしたが、面白かったです。今後にも繋がるかも知れませんがその前に本症例の経過を診ましょう。
症例は23歳女性。遠方からの来院ですが、初診は銀座院で2年前の9月末です。韓国で1年前に鼻にL型プロテーシスを挿入しました。ご覧の様に1番歯牙と歯槽が弓形でなく、V型で前突しています。相対的に鼻唇角が鋭角だったので、プロテーシスを希望されて来院されました。当時はブログに載っています。手術は90度まで下げていません。追加も考慮しました。
抜糸時に突然、眼瞼下垂症の話題が持ち上がりました。LF左15:右16で先天的に差。これまでに造られた重瞼線が広く、眠そうな感じの眼瞼下垂もどきと観られるとの事。LTで、より大きくしたい希望でした。既存の線下切除を、左2:右3㎜切除で翌月手術しました。術後は開瞼が向上して、重瞼が丁度良く好きな幅になったと仰る。術後数日間は閉瞼不能となり、ゴロゴロしたが改善してホッとしました。現在も画像の様に保っていいます。
翌年、住所にやや近傍の大阪院に来院されました。鼻唇角プロテーシスを増量したい希望で、その際に、腱ではどうかと提案されました。調べて知っていたのです。3か月以上明けたいので、その際は見合わせました。
1年近く経て、昨年9月に電話を戴きました。今度は鼻唇溝に長掌筋腱移植の打診です。翌月来院され、上部の三角に、ブログに載っているシリコンプロテーシスのサイズならどうか?、と訊かれました。鼻唇角プロテーシスを、入れ替えしての増量も考えていると申告されました。直ちに私「鼻唇溝片側分は片側の長掌筋腱で足ります。」と答えました。心の中では”本当に?”、”結構大変かも!”と頭の中にグルグル巡らせながら、画像を見直しますと俄然やる気になります。患者さんは可愛くて優しくて、とっても性格がよく、術後満足して悦んで下さるからです。この手の患者さんを手術すると、私も楽しいので喜んで受けます。
両側鼻唇溝上三角への、両側長掌筋腱の移植術だけでも「手術時間がギリギリかもしれない?。」とほのめかしたかも知れません。患者さんと電話やメールで相談して、手術は鼻唇溝増量術だけとなりました。
いよいよ手術日には、来院されるなり患者さん、「法令線と言うよりは、鼻唇溝の上の窪みを埋めてください!。」と、私の意を介したお言葉。私「やっぱりこの女子は解っている。」と想い、ますますやる気を出させてくれます。でももう一度念を押します。「腕の傷はリストカットに見える可能性もあるよ。」患者さん「大丈夫です。」と仰るので、私「でも両側切る人居ないもんね。」と無理な言い訳をしておきます。「私が丁寧に綺麗に縫えば見えなくなるでしょう。」と言い含めると患者さん「信頼しています。」と。私は心の中で”満足を与える様に信じて下さい。こちらこそ、この患者さんを信頼しています”と呟きました。
やっと画像でお魅せします。各方向の術前と術中と術直後を視ていきましょう。
術前の正面像とデザイン。深さを覚えておきましょう。黒っぽい影の部位をマーキングします。
術後の正面像では、鼻唇溝上三角が腫脹も伴って黒くありません。直ちに触れながら挿入部の表面の皮膚にマーキングしました。患者さんに触れてもらう為です。
ところで、術中に患者さんとこんな会話を交わしました。私「この鼻唇溝の手術、増えたでしょう?。」「実は一昨日も手術して、今ブログに書いているんですよ?。」「この自家移植に拠る鼻唇溝は実は初めてなんですよ。」患者さん「エー今更言わないで下さい。」返して「言いましたよね。」畳み掛ける様に「で〜もさあ〜!。この前鼻唇溝プロテーシスは安全だって書いたのに、今度は自家移植の方が安全なんて書けないよね。整合性が無いみたいで、嘘つきの政治家みたいだよね!。」と危ないこと言うと、患者さん「そこは上手く書いて下さいよ。」私「はい!。頑張ります。」と言いながら、実際にブログを書いている時は難儀しています。
近接画像で手術時も診ましょう。
術前とデザイン画で鼻唇溝の深さと形を覚えておきましょう。
まず右側の前腕から採取しました。上左図は上方が手側で、手関節の皮膚の皺を5㎜切開すると、長掌筋腱は直下に見い出せます。これを掬っています。約4㎝近位の件が浮いて見える部位でもう1箇所切開しています。2箇所の切開から腱を切り外して、抜き取りました。上右図がそれで、3×40㎜で厚さは2㎜前後です。
次に左前腕から採取します。上左図は近位と遠位の切開から、腱を鉗子ですくっています。この後切断して抜き取ります。スルっと抜けます。上右図のごとく、二本の腱が採取されました。
その後腱をプロテーシス形に作成します。手術中なのに、「ロールケーキ型と呼ぶことにしましょうか?。」と言ったら、患者さんも納得し同意されました。巻きながら糸を通して固定していきます。実際には”とぐろ”を巻いて高さが出ました。厚さ3㎜で(シリコンの場合の標準)形はやや楕円形です。上右図は手術台の清潔シート上に鼻翼の実物大の絵を描いてその横に載せてサイズと形を確かめます。
上左図は、採取後作製した長掌筋腱を、患者さんの鼻唇溝の上に載せてサイズを形を確認し、患者さんにも観てもらいました。
その後、いつもの様にポケット作成となります。鼻翼内側の壁の縦5㎜の切開から梨状口縁の骨の上に達します。ここから骨の上を外側に向けて剥離します。皮膚上を左手で触れながら、深部に挿入した鈍曲剪刀(鋏)の先を触感して、マーキングの下にポケットを作ります。上右図でご覧の様に、マーキングは腱ボールと同サイズですから、スッポリはまります。
4方向の術前と術直後。
側面像で鼻翼の最後部の溝側が隠れていて黒い影です。斜位像でも陰で黒い。
術直後は鼻唇溝上方の三角形の黒い影が見えません。ただし若干の腫脹(腫れと局麻分)はあり、オーバーコレクション, Over correction です。
翌日来院していただきました。前腕が疼痛、運動痛。鼻孔内が腫脹して詰った感じと。
下の画像群は術後1週間での抜糸直後です。
術後1週間です。腫脹はかなり軽減しています。鼻唇溝上三角は見事に綺麗に埋まっています。触れてみましたら、正しい位置に留まっていますからです。患者さんも触れて判っています。しかも、やはり腱は柔らかいので、表情時にも異物感は少ないそうです。口周囲の動きにも異常はありません。手術の結果口元がより可愛くなりました。鼻孔内も、抜糸時に覗いてみると腫脹は軽快中でした。呼吸にも支障は無いとのことです。患者さんの自覚として、腱ボールは柔らかくて邪魔でないそうです。
4方向で観ると、Malar, 鼻の横、目の下の頬の前面部(患者さんは知っています)の腫脹が吸収されて、鼻翼の付け根が見えるのは、鼻唇溝増量の証拠です。
全顔の顔貌を観ても、鼻唇溝増量だけで印象が変わります。患者さんは感動されました。
Donorの両側前腕部:手関節屈曲する自動運動では、もちろん!、長掌筋腱は浮いては見えません。手関節を曲げると、屈筋腱は浮いて屈曲に支障は無い事を確認しました。指も異常なく動きます。受動運動では手関節最大伸展時に、鈍痛がまだあるようです。腱の近位断端がまだ癒着していない為、動いて擦れるのでしょう。近位の創縁の表皮は引き抜く際に引っ張ったので、表皮壊死を生じているが表皮は上皮化します。この後傷跡は見えなくなるでしょう。
次回術後3週間で癒着、癒合して形態的に落ち着くのを観ましょう。腕も傷跡が見えなくなっていきます。お楽しみに!
こうして術後3週間が来ました。
位置は適切で鼻唇溝の上三角に影が診られません。鼻唇溝=法令’線”も浅くなり笑っても拡がり優しい雰囲気。口元とのバランスも可愛いです。
4方向でもE-ラインが綺麗で、口元が絞まります。
顔面の全体像では優しく目元も(自作)優しい。鼻唇溝が浅いと顔全体の印象が変わる好例です。問題の前腕の傷跡はまだ赤いですが、患者さんは「これリスカには見えないですね。」と言って下さいました。白い線になればもっと解らなくなるでしょう。
術後2か月で来院されました。
サイズ的に、笑っても不自然でないのが結果的に良かったと仰る。優しい女性。
4方向でも線が浅くなっています。充分な効果です。後は歯牙の問題も検討しているそうです。私は笑顔で歯が出るのはいいと思いますが・・。確かに鼻唇溝が深いのは上顎歯槽と歯牙の傾斜が影響しています。
手掌筋腱のDonor部の傷跡が色素沈着しました。いつかは消えますが、HQや、LASERを検討してもいいかもと思います。なお、腱の残る遠位断端の付近が発赤しています。考えてみたら、使わない腱の断端は異物化しているのかも知れません。経過診ましょう。次回3か月をお楽しみに!
術後3ヶ月で遠路遥々来院されました。
「完成!。」と宣言したいところです。位置が動いていないか?、量が減っていないか?が気になる所です。いきなり患者さんに「触ってどう?。」と訊きますと、「腫れが引いたらこのくらいですね。」とはっきりしません。私「腱は吸収されません。感染すれば別ですけれど。」と説明すると、患者さん「アア〜だから、口から入れるとよく感染すると聴きますから。」「調べても鼻から入れるのは先生だけです。だから安全なんですね。」ってお褒めに預かりました。
帰り際に「忘れていた。前腕の傷跡は?。」と訊くと、「だいぶ消えてきました。ところで一人にに教えたので、いつか罹るかも知れません。その時はよろしくお願いします。」何と有り難い話しですか!。私は巧くいくのを経験したので、これからも希望があればこの手術法を駆使します。
何故か左側面像がありませんが、どの方向から見ても効果が見えます。患者さん「横から見て鼻翼が法令線に埋まっていたのが見える様になりました。」私もう一度術前の画像を視て「本当だ!。」って自分が手術したのに感動しました。いつかまた診られたら長期経過も知りたいです。その時をお楽しみに!。「可愛い○○さんには何回でも観たいです。」と言えば、患者さんはにこやかに帰られました。
お願いしたら、本当に来てくださいました。実は他の部位の相談も兼ねます。
本当にボリュームロスは止まりました。
満足いただけました。とにかく可愛いです。「今後ともよろしく!。」と私がニコニコして言うと、患者さん「いろいろなところに行ってますが、主に先生に掛かっていこうと思っています。」と嬉しい一言を残していきました。
当院では、厚生労働省により改定され施行された省令「医療機関ホームページガイドライン」を遵守しブログに加筆しています。もちろん画像操作はありません。
施術のリスク・副作用について・麻酔薬にて、アレルギー反応を起こす場合があります。その場合は適切な処置を行います。・腫れは個人差がありますが、手術直後から少し腫れがあり、翌日がピークで徐々に引いていきます。目立つほどの大きな腫れは1~2週間程度です。・術後のむくみや細かな左右差の改善には、3ヶ月程度かかります。・内出血が起こった場合は完全にひくまでに2週間程度かかることがあります。・感染予防のため、抗生剤を内服していただきます。・抜糸までの間、鼻下を伸ばす表情はお控え下さい。・口唇部の違和感は、2~4週間程度かかります。・手術後2週間は、口を大きく開けることはお控え下さい。・手術直後は、つっぱりを感じることがありますが、2週間程度で改善していきます。・手術当日は、洗顔をお控え下さい。・手術後3日間は、飲酒・激しい運動・サウナ・入浴など、血流が良くなることはお控え下さい。・手術後1週間(抜糸まで)は、鼻孔部位のお化粧はお控え下さい。・ケロイド体質の方は傷跡が残りやすい場合があります。
費用の説明も加えなければなりません。今回の手術:鼻唇溝プロテーシス挿入術は両側で28万円+消費税です。自家組織移植の手技二術が加わる為、10万円+税を追加しました。今回の症例では全顔をブログ提示の契約を頂いています。その場合出演料として40%オフとなります。