前回眼瞼下垂症診療の歴史と症状の説明をしました。今回は眼瞼下垂症の病態と原因、そのための治療法について詳しく述べていきます。
最近学会で議論されているのですが、病態の理解が進んでいないために治療法が的確でないケースがみられるようです。信州大学形成外科の松尾教授を中心として、私達勉強好きな形成外科医がこの分野をリードしています。今回はもう一つのテーマ:眼瞼下垂の仕組みと治療法を述べます。
従来眼瞼下垂症は、先天性と老人性(私は加齢性と言ってます。)に大きく分けてました。疾病と捉えるなら、原因と機序、病状によって治療法が選ばれるわけですが、これではよく解りません。ほかに原因分類として、神経性と筋性、本態性と二次性などに分けますが、神経性や二次性は多くないのです。実際には先天性の多くは筋性で、老人性も筋力低下だと考えらえていました。
1980年に、米国のR.Anderson が腱膜性眼瞼下垂症という病態を論文にしました。日本でも勉強家好きな形成外科医は、これを念頭に診療し始めます。そのうち、松尾教授はこれを解明しようと研究したのです。前にも書きましたが、私は医学博士の研究テーマを眼瞼にしましたので、世界中の眼瞼の論文を読み漁りましたから、1990年代には腱膜性眼腱下垂症を認識し始めました。
ここまで書いて、意味が分かりにくいと思いますので、もう一度、解剖と生理からお話しします。上眼瞼は上眼瞼挙筋という筋肉が開けています。眼球の後ろから発した筋はまぶたに入ると、筋成分が腱に変わってきます。他の、筋でもそうですよね。腱と言っても、薄く(ボール紙程度)幅が20ミリほどあるので腱膜と言います。腱膜は、瞼の縁の瞼板という硬い部分に停止(付着)していて、挙筋の力を伝え、瞼を開くのです。硬く伸縮しない膜です。そしてもう一つこれが曲者なんですが、その裏側にミューラー筋という筋肉があります。ここからが松尾教授が解明した点ですが、ミューラー筋は不随意筋で、覚醒して目を開いて活動するために、自律神経の交感神経が指令を出して、目を開いておくための力を与えるそうです。さらにミューラー筋には眼腱挙筋の収縮の程度を感知するセンサーが備わっていて、目を開く程度を調節する作用もあるそうです。
さて、従来眼瞼下垂症は挙筋力そのものの低下が原因と考えられていましたが、腱膜性眼瞼下垂症とは、腱膜が瞼板から外れてしまっているか、または伸びてしまっているために、挙筋の収縮力を瞼縁に伝えることができないために、開きが落ちる状態です。上にも記しましたが、正常の腱膜はボール紙のように硬く伸びない腱です。これが瞼板から剥がれてコラーゲンが薄くなりフニャフニャしたビニールみたいに伸びてしまうのです。またミューラー筋の力は弱いので開きが足りないのです。そして、挙筋が収縮すると、腱膜がスライドしてしまっているため、ミューラー筋が引き伸ばされてしまい。先ほどのミューラー筋内のセンサーが働き、もっと目を開かせる信号が脳に流れるのです。その結果、ミューラー筋が交感神経に反応して、若干開きが追加されますが、不足です。そこで、脳からの信号は額の前頭筋に流れ、眉を挙げて瞼を引き上げようとします。それでも不足で視界が得られないと、顎を挙げて下目使いで見ようとします。これらの動きは反射的に無意識のうちに起きています。ここまでは代償して視機能を補っている場合で、代償期と言います。このように、腱膜性は単純に眼瞼挙筋の筋力が弱い筋性と違って、いろいろな症状を呈します。
ゴチャゴチャと説明しましたが、要するに診断が大事だということです。そして、診断は治療法の選択のためです。その結果成功率が上がるというものです。私たちの見解では、腱膜性は腱膜を瞼板に接する状態に戻す。先天性では筋力の程度によって、腱膜とミューラー筋を縫い縮めて済むか、眉毛との間をつなげるかです。但し、先天性に加齢とともに腱膜性が加わったときは、診断と治療方針の選択が難しかったのです。
診断には、点眼テストが有用だと判りました。その仕組みと、詳しい治療法を次回紹介したいと思います。