”キャッチフレーズ”は、「二つの日本美容外科学会を一つに!」こうして父はコウモリになっていくのでした。コウモリとは、洞窟の中であっちとこっちの壁を飛び回る動物を比喩していわれていたのです。私は二股とも表しました。そして私も巻き込まれていきます。今回そこからですが、北研での父の懐古談もあります。
私が数多くのバイト先で非形成外科医の美容外科医と交流する様になり、父も各院長に学会で声を掛けられたようです。平成8年(1996年)の10年次に北里研究所病院形成外科・美容外科に勤務しながらです。その前に日本美容医療協会の動勢から。
協会は、1992年に平成4年は私のチーフ学年時に発足しましたが、当初は15人の理事に十仁病院のU院長を発足時の理事としていました。他は皆、大学の形成外科の教授陣
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カテゴリー別アーカイブ: 美学
視界不良で可哀そう!、だったのがいつもの眼頭切開=蒙古襞による拘縮解除術と、眼瞼下垂切開手術で人生変わったよ!
今回の症例は17歳、女性。典型的なPuffy eyeです。開瞼不良という機能障害が見られるわけですから、だから可哀そうなのです。もちろん症例の患者さんは、幼少期から開瞼不良というか目が小さいのは自覚(もちろん他覚的にも)していた。挙筋機能は12mmとやや低下。フェニレフリンテストでは、開瞼の強化が見られない。眼裂横径:24mm、内眼角間距離38mmで蒙古襞が目頭を隠し、内側の白目の面積が外側の白目の半分しか見えない。いつものやつ!。一辺4mmのZ-形成術による眼頭切開を蒙古襞による拘縮解除術 を兼ねて施行し、眼瞼下垂症については、重瞼術が必須で脂肪を除去するおよび、挙筋を強化するLT法を追加しました。Puffy eyeの原因である眼窩脂肪は焼灼によって減量しました。術前術直後の画像を比較すれ
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眼頭切開=蒙古襞解除術+NILT法=黒目整形はやっぱりお得です。
最近目頭切開=蒙古襞の突っ張り除去の症例で、画像提示の許可を頂ける患者さんが続いています。まずは術前画像から。
術前の内眼角間距離は37㎜で蒙古襞が縦に突っ張っています。眼瞼下垂の症状はないのですが、二重を拡げたい希望で来院されました。であれば、開瞼を強化しないとならないでしょう。案の定二重を1.5㎜上(瞼縁から8㎜)でシミュレーションすると、眠そうな感じ=つまり眼瞼下垂状態に見えるのです。そうです。二重を拡げると、相対的に開瞼が小さく見えるのです。患者さんも薄々知っていて、棒を当てた瞬間にパッと判ったようで、これだ!って言う表情をしました。さらに、目頭切開の適応もよく理解されていて、数字的にはすぐ理解され、指で引き上げるシミュレーションでもやはりこれだ!って言う感じでした。よ
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視界不良で可哀そう!。そこでいつもの眼頭切開=蒙古襞による拘縮解除術と、眼瞼下垂切開手術で人生明るく!
今回の症例は17歳、女性。典型的なPuffy eyeです。パフィーアイとは、化粧パフのようなふっくらした目元という意味で、欧米の白人がアジア人を揶揄するときによく使われる用語です。まあ開瞼不良という機能障害が見られるわけですから、人体能力そのものを低いものとして見られているので残念ですが、だから可哀そうなのです。
もちろん症例の患者さんは、幼少期から開瞼不良というか目が小さいのは自覚(もちろん他覚的にも)していた。挙筋機能は12mmとやや低下。フェニレフリンテストでは、開瞼の強化が見られない。眼裂横径:24mm、内眼角間距離38mmで蒙古襞が目頭を隠し、内側の白目の面積が外側の白目の半分しか見えない。
術前、下図は左右近接像
いつものやつ!。一辺4mmのZ-形成術に
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美容医療の神髄44-歴史的経緯第44話- ”口頭伝承”:父は美容整形屋、私は形成外科・美容外科医。自分史話へ”その21”
7〜8年次の私は、茅ヶ崎徳洲会総合病院で形成外科医長を務めていました。レジデントを終え、スタッフとして、一つの病院の形成外科診療に責任を感じながら業績を伸ばしていく事が、楽しくて仕様がなかったのです。診療業績をかいつまんで前前回説明しました。前回は銀座美容外科の話をしました。
ところが異動を命じられました。その後の日本美容医療協会の動き=日本美容外科学会JSAPSとの関係と理事選の件。その延長として、日本美容外科学会JSASへの加入と父の会長職、日本美容外科医師会の発足への参画等などがあり、この時代は目まぐるしく流れます。この頃については、時系列が記憶上ぐちゃぐちゃですが、先ずは異動の話から続けます。
9年目には北里研修所病院に異動する事になりました。茅ヶ崎徳洲会総合病院形成外科
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