カテゴリー別アーカイブ: 日本美容外科学会(JSAS)専門医

2024 . 11 . 13

齢を重ねても眼瞼手術で元気に若々しく。本来小さい目の窓を大きくすれば、明るく暮らせます。

何回も書いてきましたが、形成外科医療と美容外科医療は、美容外科医療の車の両輪に例えられます。そして形成外科医療と美容外科医療は共に、形態を治すという目的を持っています。違いは、機能的改善をも目的とするかです。形成外科医療は、先天性でも後天性でも、または外傷や腫瘍などの原因がある疾患に対して、機能的な損失を改善することが必要とされると同時に、形態的な損失も取り戻すことが目的とされます。身体機能は形態的な良否と表裏一体だからです。対して美容外科医療では、正常範囲の形態をより向上させることが目的とされます。逆に結果として機能的損失を生じない様に治療するのは当然です。 こう考えてみると、身体機能に対しては、治すか壊さないかの逆の方向性ですが、どちらにしても身体機能の、解剖学的または生理学的な構
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2024 . 11 . 1

10年ぶりの切らない眼瞼下垂手術。前回満足したけれど窪み目も進行して、修正したい気持ちは理解できます。

なんとも素敵で真面目な患者さんです。10年前には難しい状態をうまく治して、お喜び頂けました。その結果を覚えていて、今回もまた治すなら、私に頼みたいと言って再来されました。実はその間、何人かの患者さんも紹介して下さいました。優しい患者さんです。 この様に、患者さんと医療者である私が、人と人として付き合えるのは、美容形成外科医、いや医師としての幸せです。もちろん日常的に付き合っている訳ではありません。特に、今や美容形成外科医の中の多くは、ビジネスに徹しています。医療の目的が金儲けで、資本主義に毒されています。難しい言い方になりますが、アベノミクス後から、儲けることが良いと捉えられ、その上その頃から、政治家が嘘を吐きまくるから、国民も追従して、特に美容形成外科の世界では、SNS上や広告で間違
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2024 . 10 . 31

下顎縁より下方を引き上げるリフト。これまで何箇所かリフトしたけれど戻ったらしい。剥離が足りなかったんでしょう!。

私は、本症例の様に、リフト手術を繰り返す事が出来ます!。面倒では有りますが、出来ます。リフト手術は半永久的でも、何十年もの若返りは不可能です。どんなに頑張っても、10年分以下が限界です。それ以上切り取ると、傷が縫えなくなるか、数ヶ月後に傷跡が拡がって目立ってしまいます。ですから通常は5年分程度です。でも患者さんは要望がエスカレートします。5年後に年を取ったらまた若返りたくなります。昔父は初診時から、「リフト手術は一回で済まそうとなんて思わないで若い時分から複数回受ける方がいいよ!。」と強弁していました。ちなみに最高8回受けた患者さんがいらっしゃいました。5回が父で後年は私が3回手術しました。最後80歳でも50歳代に見えました。私も最低で28歳の患者さんをリフト手術したことがあります。なお、後
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2024 . 10 . 31

こめかみリフト2Vectorが流行りです。目尻挙げたり、Jowl挙げたり、Malar挙げたり。アアッ、3これじゃ3Vectorだ。

題名に洋語が羅列されています。折角ですから、訳して説明しましょう。 Vectorは、中学校で矢印の向きを示して習いますよね。そこで辞書を引くと、いきなりカタカナでベクトルと出ます。訳語では、方向、進路、動径とあります。動径ってあまり使わない用語なので、国語辞典を引くと、角を回転で表す場合の、回転する半直線のことです。なんだ、意味は方向のことでした。ついでに派生語として、媒介生物があります。これは医学的にはベクターと読んでいます。”こっちの方”へ菌などを持っていくという意味でしょう。で、題名に視る2Vectorは、単純に2方向に向けて引く事でした。 JowlやMalarは美容医療=美容形成外科, Aesthetic Plastic Surgeryの用語です。 実はJowlは一
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2024 . 10 . 25

上(白)口唇短縮術が再び増加中。毎日です。今回はなんと、久し振りに鼻唇角プロテーシスの併施も。

”最近美容医療が流行ってきた”。と感じている国民が増えてきました。聴く度に私「エ〜!、そんなあ〜?!。」と叫びます。私は37年間美容形成外科医として邁進してきました。長男として美容整形屋の父に仕込まれた65年間も知っています。昔小学生時に、祖母は音楽教師だったのに逆に反発して音楽に縁がない父が、突然大きなステレオセットを購入しました。しかもその後毎日の様にシングルレコードをお土産に持って帰りました。”ブルーライトヨコハマ”など流行りの曲でした。今思えば患者さん自身から貰ったのだったのでしょう。父は流行っていたのです。 本邦では、戦後直ぐから美容医療が興隆しました。当初はGI相手のパンパンさんが、対象患者さんでした。高度成長期に入ると、銀座のホステスを代表とする水商売の女性が、こぞって来
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