カテゴリー別アーカイブ: 美学

2015 . 7 . 17

美容医療の神髄15-歴史的経緯第15話- ”口頭伝承話”その15

私が北里大学医学部を卒業するのは昭和61年ですが、昭和53年に美容外科が標榜科目となってからの数年で、美容外科界の情勢が変わっていきました。 1、美容外科が標榜科目となったので、雑誌を始めとして宣伝広告が大手を振って行われる様になった。2、宣伝広告を全国に出すなら、東京を始めとした中央で一開業医でいるより、地方に支院を作り受け皿とし、売り上げを増やしたほうがプラスな訳で、チェーン店が林立した。3、形成外科系で美容外科診療をする開業医は、一人開業医がほとんどだったが、徐々に増えていった。4、形成外科を研修していない美容整形時代からの開業医でチェーン店化しなかった開業医もかなり残った。もちろん父はこの中の一人です。 という訳で、前回二つの美容外科学会の話をしましたが、形成系=大学系=
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2015 . 7 . 16

黒目をもっと出したい!まぶたのカーブを綺麗に!

一昨日久しぶりにブログに紹介する提示症例に巡り会えました。何故最近無かったのかと言いますと、5月来患者数が多く、診察が忙しかったため、症例提示の依頼をする間がなかったのです。結構気を使うもんで・・、精神的な余裕の問題です。 今回の症例は快諾していただきました。これまでに何回か、他院や当院で改善を計って来た患者さんですが、ゴールが高くなかなか辿り着けなかったケースで、今回思い立って治療を受けたかったそうです。私のこれまでの症例提示も参考にして頂き、修正をご要望いただいたのですが、費用の問題もあり(もちろん症例提示の承諾を頂くからには何らかの利益供与します。)、今回手術に至り、提示させて頂くことになりました。 患者さんは28歳女性。他院で数年前に切開法の眼瞼下垂症手術を受けています。
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2015 . 7 . 10

美容医療の神髄14-歴史的経緯第14話- ”口頭伝承話”その14

大森派=大学形成外科出身の美容外科開業医と、十仁派=美容整形時代からの開業医は相容れない出自を持っていましたが、美容整形か整容外科か形成外科からか、いずれにしても標榜後美容外科医となった訳で、同業者です。実は交流は以前からあったのですが、開業医同士でも一部で親交がありました。特に、単独開業医が広告戦略&多店舗展開のチェーン店系に押され始めて来たから、個人開業医が集まりだしたのです。それが現存する臨形です。今回はその話から入ります。 その前にもう一度、学会等の関係性とその経緯の整理をしておきます。 日本でも、戦前から美容目的の治療をしていた医師はわずかに存在しました。十仁病院は男性部門を主に診療していました。大学病院の医師の中で、眼科で重瞼術。耳鼻科で隆鼻術をしていた記録はあります
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2015 . 7 . 8

お勉強に励んでいます。−医者は一生勉強です。−Ⅲ

これまで2回、お勉強シリーズを書いてきましたが、シリーズ化してきました。そこで、表題を「お勉強に励んでいます。」として続けます。前回本邦の腱膜性眼瞼下垂の初出論文の紹介をしましたが、内容を説明しなかったので、再掲します。 Ann Plast Surg. 2001 Jan;46(1):29-35. Etiology and pathogenesis of aponeurotic blepharoptosis. Fujiwara T1, Matsuo K, Kondoh S, Yuzuriha S. Author information 1Department of Plastic and Reconstructive Surgery, Shinshu University S
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2015 . 6 . 19

形成外科、美容外科、美容皮膚科、美容整形 などの科目名称って何を意味するのでしょう。Ⅹ=美容医療の各科目6=

美容医療の科目名の説明をしてきて、前回やっと美容外科の説明を始めたつもりが、あらぬ方向になりました。再開致します。 美容外科と美容整形は、ほぼ同じ分野をカバーしますが、全く異なります。美容外科は標榜科目ですが、現在では美容整形は違法名称です。広告や番組で名乗ったら違法です。でも分野的には、昭和53年を境に、美容整形から美容外科へと、連続性をもって進歩してきました。敢えて言うと美容外科は形成外科出身の医師が標榜することに躊躇しない名称となりました。その結果マーケットが広がると同時に、参入医師も増加した経緯があります。逆に言うと、本邦では近年に美容外科ができたと思っている国民が多いのは、そのためでしょう。バカいうなよ,私の父は昭和36年に銀座整形を始めたし,十仁病院は戦前からあるぜ!。
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