2015 . 10 . 15

美容医療の神髄23-歴史的経緯第23話- ”口頭伝承話”その23

実際の形成外科医養成の研修プログラムは、大学によりかなり違うようですが、研修の目的は学会の認定する専門医を取得することにあるといっても過言ではありません。科によりそのウェイトに差があるとは思いますし、当時は専門医制度がまだ整備されていませんでした。

昨今の医療に対する国民の要請に答えるため、診療水準を専門医制度が証明し、それを広報できるようになります。またUSAによるTPAに関連した政策介入により、専門医の国家資格化が要請されているようです。現在各科の専門医は、厚労省の管轄する機構で制度化と審査が進行しています。そう言えば、前回記載しましたが、日本の近代医学は戦後GHQが導入したのでした。当時はベビーブームと高度成長期への胎動の下で医師不足で、とにかく医者を産めよ増やせよの時代だったのです。よって質より量となり、医療制度の高度化は導入されませんでした。典型的なのは、高度成長期後に、国民皆保険制度となったのはいいのですが、患者数ばかり増えて所謂3分間診療で、1日100人以上診る様な医療機関ばかりとなったのでした。

今後の医療は専門医制度が整備されたら、専門医に診療を受けると、保険点数が加算される代わりに、専門科以外を受診すると質を保障されない制度になるでしょう。生命保険の医療特約も専門医でないと降りない様になるかもしれません。これらはいずれもUSAの制度ですが、当地ではさらに厳しくて、専門医を取得しないと科目を標榜できないのです。日本もそうなりそうです。TPA交渉では表に出てこないようですが、これらの医療制度改革は生命保険会社の参入と、自費診療の医療を進める方向性に関連していると考えられます。

話があらぬ方向に行ってしまいました。私が日本形成外科学会に加入したのは昭和62年、専門医に合格したのが、平成7年です。今から20年前ですが、当時でも、形成外科学会の認定試験は他科より高度でした。そして今や、合格率は70%を程度だそうです。私達形成外科研修医は認定専門医を目指して日夜研鑽するしかなかったのです。

具体的に当時の日本形成外科学会の認定専門医の受験資格は、形成外科研修歴6年間ですが、学会加入から6年間でもあります。前にも書いた様に、学会加入には教授陣の推薦を要しますから、大学病院等に入局しなければなりません。また6年間のうち2年間は他科研修も可能でした。

その前に、書類による症例提出が先行します。当時は申請者が手術者の10症例の手術記録と詳細な画像。術前術後を要しますから、綺麗な良い結果でなければなりません。学会が11にカテゴリー分けしていて(前に提示しました。)そのうち7カテゴリーを含まなければならず、それぞれ代表的な高度な手術を要します。もう一つの50症例の手術記録は逆に、大から小まで網羅している必要があり、選ぶのに結構苦労しました。そうして試験ですが、次の2段階がありました。

まず筆記試験です。マークシートで100問だったと思います。それまでに作られた問題をプールしてあり、当時は試験制度発足から約10年でしたが、プールされた分の4000問の問題集を買いました。これが難しく、派生した問題も出るというので、1年間毎日2時間は教科書と首っ引きで勉強し、問題を理解していきました。6年間は医学部の卒前教育と同じ年次ですが、これまでになく濃厚な知識を頭に入れないとならない日々でした。なんで、6年間も研修したのにと思われるかも知れませんが、臨床経験はぶつ切りで、その場その場の知識の集積に過ぎませんから、体系的に教科書5冊を読み下すなんて言う機会はありませんでした。この1年間で当時の形成外科の医療水準を初めて身に付けたと思います。間違いなく、学会専門医に合格するだけの知識が身に付いた医師だけが、閾を越えた水準の形成外科医、つまり診療可能な知識をもつ医師と言えます。

次に口頭試問ですが、3人の試験官=大学病院の教授や助教授陣対一人で、主に予め提出しておいた10症例についての質問がされます。手術した症例なので内容は大体覚えていますが、2年以上前の症例はその時の治療選択の目的を忘れていたりします。例えば、顔面骨骨折の手術症例ですが、試験官もそこはベテランですから、「何故この治療をしたのか覚えていますか?。」と聴いたりします。こっちは一瞬たじろいで「何故といわれてもそれが、常道だからですかね。」と答えると、「では、あなたはどんな顔面骨骨折でも気管切開するのですか?。」「この症例で何故気切を置いたかを訊いているのです。」私が「した方安全だからです。」と答えると、遂に試験官が「上顎骨骨折の手術後には、腫脹を原因とする気道閉塞を来すことがあるからでしょ?。」と切り返して来て私は「その通りです。」と攻守逆転現象になったりしました。そうなんです。症例ごとに治療法を選択する際に、常識だからでなく何故そうするかを速やかに判断できなければ、医学ではないということを再認識しました。もちろんその分野の知識が備わっていなければ考えることも出来ないのは自明です。姿勢を問われて、再認識した試問でした。3症例選んで突っ込んだ試問がなされましたが、2と3症例目からは、理論的な回答が出来ました。知識と実践が連携していることを学んだところで、試問の有意義さを噛み締めた次第でした。っと思ったら、一問目の回答不適だけで試験委員長から再試を命じられ、もう一問受けました。幸い先ほどの試験で答え方が判ったので、クリアーしました。それからは、普段の診療でも系統立てて理論的に治療を選択し、また患者さんにも解り易く、でも科学的理論に基づく説明を励行する様になりました。

当時の合格率は90%弱でしたが、北里大学形成外科の同期4人のうち、再試3人で結局1人が不合格なりました。当時でも結構難しかったのです。昨今ではさらに難しくなり、合格率70%前後となっているようです。

今回医学会に置ける専門医制度の話をしましたが、形成外科専門医は20年前から高度でした。現代では、各専門科も専門医制度を充実させています。私はもっと難しい症例を要する日本美容外科学会JSAPSの専門医も13年前に取得しました。こちらも数年以内に厚労省の認定が下ります。

今回何故専門医の話を詳しく記載して来たかというと、一つには北里大学形成外科医局での6年間の研修プログラムの目標だからです。もう一つ、美容外科と形成外科のレベルアップの為に、専門医制度がどれだけ必要科を強調したかったからです。美容医療の歴史的経緯に於いて、私と父の立ち位置スタンスが、この面で差異を来していくのですが、その一因が専門医制度にもあるのです。

さて次回やっと本題に戻り、北里大学形成外科での、研修プログラムの説明に戻り、6年間の研修を説明しつつ、美容外科形成外科の斯界の動きにも触れていきます。