2017 . 3 . 2

美容医療の神髄-歴史秘話第80話-”番外編”:美容整形屋と美容形成外科医の違いは?

突然歴史から離れて、勉強の成果を披露したくなりました。それと言うのも、先日滅多にない経験をする機会を得たのです。新鮮な御遺体の解剖をさせてもらう事が出来ました。わざわざハワイまで2泊4日の強行軍で50数名の医師が勉強に行って来たのです。

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上の画像は、終了後の集合写真です。古くからの(歴史上ブログにも登場したことのある医師)友人や後輩の医師や学会でも売れっ子の医師。前列中央に今回手術シミュレーションを実演してくれたリッツの広比先生、挟んで私と池田先生がおります。それに加えて今回は情熱系の若い医師が軍団で参加しました。

一般人は解剖というと、怖いと感じるでしょう。精巧な模型はあるし、画像なら精密な図譜も3Dの画面もあるのに、何故今時解剖実習が必要なのかと思われるでしょう。しかし、医師になる為には絶対必要です。実際に一枚ずつばらしていかないと立体構造が解りませんから、2次元構造しか知らないと手術にしても注射にしても、危ないったらありゃしない訳です。

しかし、学生時代は時間が限られていて(例えば私が卒業した北里大学医学部では3年生の後半に毎日午後に90日程度)どうしても教官も、顔面や体表付近の構造はよく説明もしないで、いきなりすっ飛ばして引っぱがしてしまい、内臓や脳神経や大血管を教えたがります。だから医師になっても専門外の分野はよく知りません。例えば形成外科医としての研修をしないと、顔面や体表の細かい構造を学びません。逆に形成外科医は日常診療で、外傷や腫瘍の手術の際に毎回体表の構造を目で見ているという優位性はあります。しかしそれは機会の問題ですから、30年間形成外科を診療して来た私でも、もっと細かい構造を知りたいのです。

日本では、御遺体の解剖は大学医学部での教育の為に篤志献体を使わしていただきます。基本的にギリギリの数しか調達出来ません。御遺体数と学生数の割り合いからして、一体に2〜4人の学生分しかないのです。しかも学生の実習は毎年一定期間だけなので、一年間の御遺体を貯蔵しておかなければなりません。したがって、腐敗防止の為にすぐ防腐剤に漬けます。ホルマリン漬けです。ホルマリンは蛋白を凝固させる作用で細胞を固め、細菌等の微生物を殺します。脂肪細胞も壊れる為溶け出します。この結果体表のコラーゲンは固まり皮膚皮下脂肪筋膜筋の層がくっ付いて層がなくなりますから、構造が解らなくなります。いってみればサンドイッチを潰した様な層の構造になっているのです。

基本的に篤志献体は医学教育の為に承諾頂いているし、数も限られる為その他の用途にはまず廻してもらえません。稀に余剰となった御遺体を解剖学教室の主宰者である教授が医学研究の為に使える事もあり、私も今から16年前に一部を頂き、研究し、世界的な医学雑誌に投稿し医学博士号を授与された話題は前に載せました。

他国では、特に人口の割に医学部の少ない国では、篤志献体が余剰になるし、国によっては行き倒れや刑死者を解剖教材に使えます。ハワイはUSAですが、献体を解剖学教室が管理して、毎年学術的プログラムを組んでいて費用を出せば参加させてもらえるのです。今回私達は参加する機会を得ました。しかも血抜きだけしてホルマリン漬けにしていない御遺体です。しかも現在では御遺体をバラバラにして保存しているので頚から上だけの私達用に用意されたものです。ただし保存状態はいいのですが、ゆっくりと溶解しているため検体ごとに層層の構造は若干の差が有ります。

当日は丸一日のうち約6時間が与えられました。私と池田先生の二人に一体が充てがわれました。予め検索したい部位を頭に入れていたのですが、触っているうちにあれもこれも剥がしてみたくなりました。その結果片側は皮膚から骨までをほぼ露出させました。多くの解剖学的な知見を得られました。上に述べました如く、私は形成外科診療をしていた際に、美容外科にも応用出来る解剖学的知識を目で見て、頭に入れて来ました。北里大学形成外科・美容外科学講座に於いては教授がその方針を立てていましたし、関連病院やアルバイトでの診療中も念頭に入れて来ました。そうですね、医師になって7年目から15年目までは形成外科診療を美容外科診療と並行してきましたから!。でも実際には何でも見てこられる訳ではありませんから、座学二次元の知識も混ざっていたのです。そしてまだ当時は行なわれていなかった美容外科手術法、例えばスレッドリフト系や、注射の深度などに対しては知識を求めなかったから、もう一度解剖学的に目で見て頭に入れたくなったのです。

ではこうして得た知識の中で解り易い代表的な事例を記載してみます。

口角下制筋と口輪筋:口角挙上術はこの2年くらい前から普及しました。本ブログでも何例か症例提示して来ました。私は三角形に口角の皮膚を切除た隙間に対して、赤唇縁を横V字に切開して口輪筋もV字に外して持ち上げていく術式で行なっています。実習中にはいきなりここをほじくったのではなく、耳の前から口角までやっと辿り着いたのです。口角部の皮下には脂肪は少なく、筋の走行が直視出来ました。口輪筋は唇を巻いていますが口角部ではV字状になり、Vの頂点には上から口角挙上筋が下からは口角下制筋が付着していました。やはりというか私の術式が正しかったのです。口角部で口輪筋をV字に切離しないで、口角下制筋と連続したまま皮膚(赤唇)だけを挙げても筋に再癒着すれば筋の下制力によって落ちて来ると考えられるからです。ですから、私の術式は有用で、後戻りがないと自信が着きました。その目でブログ症例やカルテ内の画像を見ても確かに後戻りがないのです。今回の解剖実習に於いて臨床的に最も有用な知識の一つでした。

下口唇から頤の筋解剖:今まで口周りの手術は頤骨形成術や、頤プロテーシス術等しかなく、下口唇から頤までの、皮膚から脂肪体、筋体、そして骨までの深部解剖知識は稀少でした。同部に手術を行なう事は少ないのですが、筋の走行の解剖的知識は欲しかったのです。何故ならボトックスの為です。従来ボトックスは上顔面、額眉間目尻に主に使用して来ましたが、下口唇から頤にも有用です。ところがこの辺りの筋体の走行は深度が上下するため効きが足りない事があったり、口輪筋に効いてしまうことがありました。そこで実習時に口角からの剥離を更に内側に進めてみました。細かくは記しませんが、口角下制筋と頤筋と下口唇下制筋の走行と深度がよく判りました。今後はボトックスの際にピッタリ当てられます。もう一つ今まで口角下制筋と頤筋を狙って来ましたが、解剖してみると下口唇下制筋は両筋と交錯しています。どちらに効いても口角は下がらなくと考えられました。それが解っただけでも効果が見極め易くなりました。

頬瞼溝には靭帯はない。頬脂肪体が無くなっている:従来下眼瞼のクマ=骨の縁の溝には眼瞼支持靭帯;orbital retaining ligamentがある為に半円状に凹むのだと言われて来ました。実習時に、下眼瞼の眼窩脂肪を移動するHamra法をシミュレーションする為に、下眼瞼縁から下に向かって剥離して行き眼科骨縁の半円に達しても、はっきりした靭帯は見られません。そしてその下にある頬脂肪体;malar fat padが視認出来ました。これは眼輪筋下の脂肪の塊で、眼科骨縁を底辺にやはり三角形にありました。ただし溝の部分には脂肪体が欠如していました。その結果溝の部分は眼輪筋と骨が密着しています。決して靭帯が付着しているのでなく、組織が欠如しているだけです。癒着を靭帯と似たものと考えられなくはないのですが、着いているのでは無い事が判りました。いつもクマ=頬瞼溝を埋める為にヒアルロン酸やPRPを打ちますが、ヒアルでは硬くなります。要は欠如している組織を増量すればいいのですから、PRPで組織を作るのは適切な治療だと言えます。そういえば、ここのPRPは長持ちしますし、きれいに平らになります。いつも本当に靭帯の勢なのか?と訝っていましたが、やはり組織の欠如が主体で靭帯がないのを解剖学的に認識しましたから、これからも頬瞼溝のPRP治療は最適だと断言し続けます。

ゴルゴ線には靭帯:逆にゴルゴ線には靭帯がありました。実習中に耳の前からフェイスリフトの如く剥離していきました。皮膚皮下脂肪、SMAS、耳下腺筋膜、耳下腺を層層に分けながら前へ剥離していき、耳下腺の前縁は幅3.5㎝まででした。顔面神経も同定しました。ここは耳下腺腫瘍の浅葉摘出術等の際に私はよーく知っている解剖ですが、更に前へ行きますと、大小の頬骨筋や口唇鼻翼挙筋も確認しました。この次の項目ですが頬骨筋の深部で頬脂肪体;Buccal fatも同定します。ゴルゴ線(鼻頬溝);nasojugal grooveは目頭から斜めに外下に向かう溝ですが、丁度この下に靭帯が点在していました。頬骨隆起部の影に一束骨から皮膚へ固い靭帯があります。眼窩下神経部も骨から出る神経や血管を包む鞘の様に靭帯性の索状物がありました。ゴルゴ線はあくまでも線ですが、所々点状に骨に繋がれていました。道理でゴルゴ線は何を打っても埋まり切らないし、浅くなってもすぐに再発する訳です。ではどうすればいいのかと言えば、ゴルゴ線の上にのしかかった組織を挙げて平らにする。つまり中顔面;mid faceリフトが求められます。今回の解剖で方法は見出せましたが実際にはアプローチが下眼瞼縁しかないので、受けられる患者さんは少ないのが残念です。

バッカルファットの連続を確認&側頭部の層構造:口腔粘膜の頬部の外側には頬脂肪体があり、口角部のたるみ?、膨隆?の原因として、除去を求められる事があります。まず第一にバッカルファットの量なんて大したものではないのでは?。実習で見ても、量は微量で顔面の前方にまで突出する筈はないものでした。口角の膨隆はなんと言ってもJowl fat;顎のたるみ脂肪の下垂が原因です。解剖上もこれは塊としてぼこっと膨らんでいます。ところで、バッカルファットの連続性は解剖図譜でも三次元的に記載されようがないのですが、言葉では「頬脂肪体は側頭筋間脂肪と繫がっている。」と知っています。これを確かめたく穿り返しました。だって生体でそこを見る機会はまずありませんから。先に述べた様に、口角部で頬骨筋の停止部の口腔側に出口がありました。筋群の深部側で下顎骨の筋突起を巻き込んで、筋突起は側頭筋の停止部ですから側頭筋の浅部の空隙を上へ辿れ、頬骨弓の深部を通ります。指は入らないので細い道具を通しておきます。

場所を変えて、側頭筋部の解剖を始めました。皮膚、毛根を含む皮下脂肪層と剥離すると筋があります。Epicranial muscleです。この筋はSMASの一部です。SMASは顔面をフェイスマスクの様に包んでいる筋と筋膜ですが、ほとんどの人間では筋が表情筋として分化していて、その感激は筋膜です。特に側頭部には表情筋がないため筋膜しか見られない人間が多いのです。耳が動く人は一部に筋体が残存している証拠です。私は耳が動きますから筋体があるのでしょう。この実習の検体は白人ですから?筋が豊富なんでしょう。側頭部一面に薄い筋体がありました。こういう人種なんでしょう。本邦でフェイスリフトをしていて筋体が一面にある症例は見た事がありませんでした。人種間の解剖学的差異を改めて再認識しました。次に浅側頭筋膜のlooseなコラーゲンの綿状。そして深側頭筋膜はキラキラしたコラーゲンの固い膜です。深部には側頭筋体があり、側頭窩に付着しています。

側頭筋は頬骨弓の下のトンネルを通って下顎骨の筋突起に停止しますから、頬脂肪体は側頭筋の表裏を包んで深側頭筋の下にまで繫がっていました。細い道具を入れると上から下まで繫がっていました。つまり口角外の膨隆に対してバッカルファットを摘出しても、上から落ちて来ますから意味がありません。ましてやバッカルファットは表に出る程の量はあり得ません。もちろん頬脂肪体内には顔面神経が走行していますから、損傷すれば大合併症となります。つまり、バッカルファットの手術は効果が期待出来ないと解剖学的に確認出来ました。

結論:いくつかの知見を列記しました。解剖研究しないと確認出来ない事ばかりでした。勉強になりました。診療時の有用性は計り知れないと思います。ところでもっと面白い知見が得られました。それは医師の質がピンキリであることがバレたのです。それは経験年数には比例しません。経験値は質の差が大きい様です。何度もいいますが、形成外科診療に於いて解剖学的知識を貯めて来た美容形成外科医と形成外科の経験がない美容整形屋では格段の差が認められました。彼等非形成外科医は、例えばフェイスリフトではSMASを触った事がありませんから、いざ解剖しても訳が判らないようでグシャグシャに剥がしていました。そういえば父の行なったリフトの後に2度目のリフトをする私が見たら、前回の剥離のそうがメチャクチャだったのを思い出しました。とにかく、真面目に勉強していない非形成外科医は解剖も目で見ていないため、三次元的構造を知りません。今回の実習ではこの点、形成外科と非形成外科医の格段の差が知見として得られました。`情熱`系の医師も大挙して参加していましたが、若いし、その知識は笑える程に幼稚でした。みなさんこんな美容整形屋に診てもらいたいのですか?。と大きな声で広告したくなりました。

でも今回の50数名はそれぞれのレベルに於いて向上したのは確かです。40点の子供美容外科医は60点の合格点まで、60点の平均的美容外科医は80点に、80点の私達は85点に点が挙がったと考えておきます。

歴史を離れて挿入した話題ですが、考てみれば解剖は形成外科・美容外科医にとっての経験値で歴史の一部です。これまで積み重ねて来た経験を歴史を追って記してきました。それでは17年前に戻します。