2016 . 7 . 6

眼頭切開=蒙古襞による拘縮解除術=Z-形成法は黒目整形の一部で、切開法による眼瞼下垂手術も黒目整形の一種です。殺到しています。

またまた、切開法重瞼術=眼瞼下垂手術=もう一つの黒目整形に眼頭切開=蒙古襞による拘縮解除術=Z-形成術=これも黒目整形の補助手術です。いつもの症例提示がございます。 毎週あるので、ブログにまとめるのに混乱しています。でも初回の提示は手術当日から経過を追っていくのをモットーとしています。みなさんの参考になると考えているからです。実際これを見て参考にして来院されます。そうした患者さんはかなり理解されています。何故なら、私は包み隠さずに経過を載せているのでからでもあり、また、症例はした方がいいことをしているから、確実に改善が見られるからです。 一重まぶたで蒙古襞が強く被さったり、突っ張っている症例は日本人の中の半数以上います。それは形態的に目が小さいだけでなく、機能的に目の開きがよくで
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2016 . 7 . 4

視界不良で可哀そう!、だったのがいつもの眼頭切開=蒙古襞による拘縮解除術と、眼瞼下垂切開手術で人生変わったよ!

今回の症例は17歳、女性。典型的なPuffy eyeです。開瞼不良という機能障害が見られるわけですから、だから可哀そうなのです。もちろん症例の患者さんは、幼少期から開瞼不良というか目が小さいのは自覚(もちろん他覚的にも)していた。挙筋機能は12mmとやや低下。フェニレフリンテストでは、開瞼の強化が見られない。眼裂横径:24mm、内眼角間距離38mmで蒙古襞が目頭を隠し、内側の白目の面積が外側の白目の半分しか見えない。いつものやつ!。一辺4mmのZ-形成術による眼頭切開を蒙古襞による拘縮解除術 を兼ねて施行し、眼瞼下垂症については、重瞼術が必須で脂肪を除去するおよび、挙筋を強化するLT法を追加しました。Puffy eyeの原因である眼窩脂肪は焼灼によって減量しました。術前術直後の画像を比較すれ
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2016 . 6 . 28

眼頭切開=蒙古襞による拘縮解除術=Z-形成法は黒目整形の一部で、切開法による眼瞼下垂手術も黒目整形の一種です。症例提示が続いています。

別に強化月間なのではありませんが、眼瞼下垂手術切開法=もう一つの黒目整形と眼頭切開=蒙古襞の拘縮解除術=黒目整形の併施が引き続いています。それも若年者が立て続けに来院しこの切開手術を希望されます。これはひとえに、このブログでの提示を見て、来院前に術後経過を理解されてくるから、患者さんもスケデュールを立てやすいからです。 もう一つは、本症例もそうですが、眼瞼下垂を伴う一重まぶたに対する切開法の手術は保険適用となりますが、その様な症例の多くは蒙古襞の拘縮が眼瞼下垂症の原因の一つとなっているので、眼頭切開の同時施行をお勧めするのですが、現時点では眼頭切開は自費手術となってしまいますから、症例提示の承諾の下でコストオフをすることができるので提示症例が芋づる式に続く要因となっているのです。
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2016 . 6 . 27

Jリフトの経過の画像提示 ”よく判る?”

先週予告した3DリフトとJコグリフトの組み合わせ。Jリフトとして提示します。 今回の症例はスタッフで、若い医師の練習を目的としていますから、午後の手術枠の隙間にいたしました。30分ずつの空時間を見つけて、2回に分けて、ああだこうだ指導しながらしたのですが、逆に言えば合わせて45分もあればできる簡便かつ有用性の高い手術であると言えます。若年患者(30代)の女性にも意味が大きい手術です。 画像は正面と左斜位を並べて時系列で提示していきます。まずは下2枚が術前。 3Dリフトをコの字に、つまり片側2本入れました。 1週間後、Jコグ糸を2本ずつ入れました。その4日後です。 見た通りの印象です。なんか違う。明るくなっている。そもそも、本人が下膨れ傾向
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2016 . 6 . 24

美容医療の神髄48-歴史的経緯第48話- ”口頭伝承”:父は美容整形屋、私は形成外科・美容外科医。自分史話へ”その24”

歴史秘話じゃあなくて、記憶をたどって思い出しながら、父との美容外科についての談話も添えてきましたから、口頭伝承と自分史です。ところが、この数ヶ月提示症例が多く、手一杯で、歴史はお休みしていました。まだ美容医療者としての人生の半分にも達していません。正確には私は医師としては29年目で、このブログ上はまだ10年目です。とにかく1ヶ月ぶりに再開します。 実際の9、10年目のバイトでの診療について簡単に説明します。他のテーマとして、もう一つのバイトと北里研究所病院の方針。父が自嘲し笑う話から繋ぎます。カナクリとのハードな折衝も紹介します。ところで、実際にコムロに行く前は、美容整形の延長的な医療レベルの低いクリニックだと予想していましたが、そうとも限らなかったのです。 そこで、もう一度平成
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