2014 . 3 . 12

美容医療の神髄Ⅸ-歴史的経緯第8話- ”口頭伝承話”その8

「新幹線整形」に対して父と私は何度も細かく検討し、一つの方法論を見出して行ったものです。 自分史として、この時(昭和53年前後)の会話は、もう36年以上前ですが重要点は覚えています。前回の記述は、60%会話の記憶で、残りはその後の動勢に対する認識が反映した内容です。 とにかく父が言った今も言葉が明瞭に鳴るほど覚えているのは「早くお前も美容整形を出来る様になって二人で二院で新幹線整形しようぜ。」です。当時私は高校卒業時で、医学部にも入る前、その後医学部に入ってからも何回も言われました。 医師になる前の昭和60年代にもよく言われました。でもー、形成外科で勉強したいな。いきなり父と二人で診療できるのー?。「新幹線整形」の夢は潰えて行ったのでありました。その間にはさらなる新しいモデ
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2014 . 3 . 11

切る手術と切らない手術 切る、打つ、埋めるは基本 -糸について-

前に予告したように、糸の話を再開します。 切る、切らないの手術内容にこだわらずに、より良い結果とより経過の良い手術法を、検討していきたいと思います。切る切らないを組み合わせて、ダウンタイムと結果と持続性のバランスを取りながら、美容医療を受けましょう。 先に念を押して置きますが、糸を始めとした体内埋入物は、身体に対して害を及ぼす物はありません。生物学的な害=ばい菌等はあり得ないし、化学的な害=毒性のある物質などもあり得ません。この点は医学ですから、科学的にカットされています。生体が反応する異物反応=いわゆるアレルギーを呈する物は原則として使用しません。物によってはアレルギーはごく稀に起きますが、私達は使用不可とします。 体内に埋入するだけで、いやがる人がいますが、食べ物だって
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2014 . 3 . 11

美しい女(ヒト)の楽しみ-ミニリフトの経過-

今回は写真だけ提示します。ミニリフト2月10日手術 2月28日経過   手術後18日でダウンタイムなんかなかったかの様に写真を撮って送って頂けました。 顎のラインの変化にお気付きでしょう。笑顔が自然に出ているのは、手術の影響が無い証拠ですよね。写真の取り方が上手なのでもありますが、画像はウソは付きません。すばらしい経過です。
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2014 . 3 . 6

美容医療の神髄Ⅷ-歴史的経緯第7話- ”口頭伝承話”その7

Tクリニックは、T先生が開業した美容外科医院ですが、彼が創始したのではありません。その点では私や多くの美容外科医と同じです。そこには、標榜科目である美容外科や形成外科を包含する根源的な美容医療を求めてきた哲学があったと言えます。いや、あったらいいなと思います。 Tクリニックは昭和51年に形成外科、昭和53年に美容外科が国家から標榜を認められる前から存在していました。それまで標榜が認められずに美容整形を標榜?していた輩と同じです。もう一度言います。美容整形という科目は、医療機関の看板に掲げてはいけないのです。法律で決まった科目しか掲げられません。マスコミが使うのは勝手です。判りやすいからで、法律を遵守しなくても罰は受けないからです。放送法には、意見は政治的に左右されない様に定められていて
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2014 . 3 . 5

美容医療の神髄Ⅶ-歴史的経緯第六話- ”口頭伝承話”その6

長らく中断していました美容医療の歴史。何故中断していたのかというと、美容医療の歴史を、私なりに書き連ねてきたこのブログで、やっと自分史の時代に来た時、自我が先行していしまい、自分の経験を詳述したくなってしまいました。前2回は卒後教育と認定医の説明に費やしてしまいました。反省して再開します。 昭和51年に形成外科が、昭和53年に美容外科が標榜され、美容外科においてはJSAPSとJSASの二つの日本美容外科学会が存在する事になってしまった時から、公的に美容外科が認知されたののにも関わらず、混沌とした戦乱の時代、競争のビジネスの時代になっていったのです。この結果美容医療は荒廃していったといえます。 この頃何が起きたかと思い返してみると、美容外科のビジネス化の萌芽と、医学的向上性の萌芽が
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